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Roald & Beatrix: The Tail of the Curious Mouse (TV)
   ロアルド・ダールとベアトリクス・ポター

イギリス映画 (2020)

ロアルド・ダール(Roald Dahl)は、1916年9月13日、カーディフ(Cardiff)の郊外にあるスランダフ(Llandaff)で生まれた。両親は、ハラルド・ダール(Harald Dahl、1864-1920)と ソフィー・マグダリーン・ヘッセルベルグ(Sofie Magdalene Hesselberg、1885-1967)。ロアルドの名は、1911年に人類史上初めて南極点に到達したロアルド・アムンセンから取られた(https://www.roalddahl.com/)。因みに、ノルウェー語でのRoaldの発音は、ロール。映画の舞台となる1920年は、ロアルド(3歳)にとって最悪の年だった。7歳の姉アストリ(Astri)が2月13日に虫垂炎で死亡し、それから2ヶ月も経たずに父ハラルドが4月11日に肺炎で死亡した(享年56歳、その時の母の年齢は35歳)。ハラルドは成功した実業家で、1918年にヴィラ・マリー(Villa Marie)という邸宅に引っ越し、スランダフから数キロ離れたラディル(Radyr)に150エーカー〔60ha〕の大規模農場TyMynyddを購入した(https://roalddahlfacts.com/)。映画に登場するのは、このヴィラ・マリーのはずなのだが、下の写真(https://cathayscemetery)のように、外観・内装ともに あまりに違い過ぎる。そして 僅か2年後のハラルドの死。ロアルドの母は、1921年、同じ町にあるカンバーランド・ロッジ(Cumberland Lodge)という少し小さな家に引っ越し、ロアルドの幼少年時代は その家が住まいとなった。
一方、ベアトリクス・ポター(Beatrix Potter)は、1866年7月28日生まれ。ロアルドとの年齢差は50歳。1920年前後のポターは、『ピーターラビットのおはなし(The Tale of Peter Rabbit)』(1902)を出版してから、映画にも出てくるウォーン(Warne)社との付き合いが続き、三男ノーマン・ウォーンからのプロポーズ、ポターの両親の反対、白血病によるノーマンの急死を経て、1905年に湖水地方のヒル・トップ農場(Hill Top Farm)を購入(下の写真)。この建物は、映画に出て来るポターの住居と割とよく似ている(実際には、1913年にはキャッスル農場に引っ越しているが、家の形が全く違う)(https://www.veranda.com/)。ポターは、1909年にキャッスル農場(Castle Farm)、1927年には2,000エーカー〔8平方km〕以上のトラウトベック・パーク(Troutbeck Park)を購入。絵本作家としてより、ハードウィック羊(Herdwick sheep)の育種家としてに 生きがいを感じるようになる。

映画は、6歳のロアルドが、父の死を契機に、寄宿学校に行かされることになり、その前に愛読しているピーターラビットの著者ポターに会いに行く話。これは実話なのか? ロアルドがかなりの年になってから友人のブロフ・ガーリング(Brough Girling)に話した内容が『タイムズ(The Times)』に掲載されたと、「INDEPENDENT」というサイト(https://www.independent.co.uk/)に紹介されていた(2020年12月26日付け)。それによれば、ロアルドは、9歳か10歳の時、母にポターの家に行っていいかどう尋ね、赦しが出たので、直線距離で300キロ以上北にある農場まで出向いたところ、庭にいたロアルドに気付いたポターに、何の用で来たと訊かれ、ポターに会いに来たと答えたら、「もう会ったから、さっさとたち去れ」と言われたというもの。ダールは、1990年に亡くなっているので真偽の確かめようがないが、この映画は、この逸話に基いている (ただし、映画の設定は1920年なので、ダールはまだ3歳。この逸話では9-10歳。こうした行動は 3歳児には無理なので、両方を上手にミックスした)。

ロアルド役のハリー・テイラー(Harry Tayler)は年齢不詳だが、恐らく映画の設定と同じ6歳程度。それでも、既にTV、ショートムービー、映画2本の出演経歴がある。しかし、それ以上のことは何も分からない。

あらすじ

映画の冒頭、ベアトリクス・ポターが暗いランプの光で絵を描こうとした時、弁護士の夫が先に2階に上がって行く。それを見たポターは、ランプに手を伸ばし(1枚目の写真、増感)、火を消してから2階に向かう〔ポターの目が悪くなったのは、暗いランプの元での描画が一因だとされている〕。その後、映画は 1つの空想上のドールハウスに焦点を当てる。ハウスが開き、中の多くのライト(当時としては先進的な電灯)が点くと、そこに住んでいるのはネズミの人形。これは、映画の副題が、「The Tail of the Curious Mouse(知りたがり屋のネズミのしっぽ)」となっていることと大いに関係がある。このあらすじでは、ネズミの人形の場面はすべてカットしたが、実際には、何度も挿入される。最初の場面だけ紹介しておくと、ナレーションが入る。「知りたがり屋の子ネズミ〔ロアルド・ダールの分身〕が、部屋からゆっくりと出て行き、彼の父親〔ハラルド〕が死んだことを知った。姉〔アストリ〕が遺体安置所に運ばれる前に、この医者を見たことがあったので、子ネズミは、大人たちは平気で嘘を付き、この世界に魔法なんかないんだと悟っていた。どんな悲劇だって起きてしまう。すべてのネズミが、年を取るまで生きられるわけではない。だから、悲しみが襲われると、彼は、大好きなお話の中に逃げ込むしかなかった」。子ネズミは、自分の部屋に逃げるように戻ると、ベッドに飛び込んで絵本を読み始める。すると、場面が移動し、ロアルド・ダールがベッドの中で、懐中電灯を点けて絵本を読んでいる姿に替わる(2枚目の写真)。足音が近づいてきたので、ロアルドは、①懐中電灯を消し、②絵本を布団の中に入れ、③壁の方を向いて横になる。すぐに、母がドアを開け、ざっと様子を見て すぐドアを閉める。母がいなくなると、ロアルドは、ベッドサイドテーブルの上に置いてある父の写真をじっと見て、ノルウェー語で「Ha det, papa(さよなら、パパ)」と言う(3枚目の写真、矢印は写真立て)〔英語字幕は刷り込み〕〔ロアルドの両親はノルウェー人〕。写真立ての中の父は、「Ha det, Roald(さよなら、ロール)」と言った後で、英語で 「ママを頼む」と言う。ロアルドは、写真立てを抱いて眠る。
  
  
  

翌朝、12月下旬なので、一面にうっすらと積もった雪の庭に出て来たポターは、「サリー」と呼ぶ(1枚目の写真、冒頭の解説の2枚目の写真と対比すると、それなりに似ている)。しばらくすると、丸々と太ったイノシシ〔サリー〕が現われる。ポターは、「私たちの年頃のレディには、外は寒すぎると思わない?」と話しかける。そして、空を仰ぐと、雪が舞っている。上空からのポターの映像が、上空からのロアルドの映像に切り替わる。すると、葬儀屋の車が家の前に着く(2枚目の写真、冒頭の解説の1枚目の左上の写真と対比すると、全く似ていないし、そもそも、戸建て住宅ですらない)。ロアルド・ダールは、ハリー・ポッター以前は、児童文学のNo.1だったこともあり、ロアルドが子供時代を過ごしたカーディフの由緒地めぐりの地図も作られ(3枚目の図)(https://livingmags.co.uk/)、その中に、ヴィラ・マリーも載っている(左下)。誰でも知っている家なのに、なぜ、こんなにかけ離れた家を撮影に使ったのか? 雪を楽しんでいたロアルドは、黒い服の葬儀屋が門の所に現れると、急に不安になる(4枚目の写真)。
  
  
  
  

ポターの農場では、6人の住民がやって来て、玄関でクリスマス・ソングを歌い始める。しかし、ポターは、その前から、クリスマスに食べるガチョウを捕まえようと、包丁を持って追いかけ回しているが、逃げ足が速いので捕まえられない。そして、歌っている人々の前を逃げて行くガチョウに向かって、「勝手にするがいい〔have it your way〕! だけど、絶対に クリスマス・ディナーにしてやるからね、セイゴ!」と怒鳴り、すぐ脇の柵の中にいるウサギに向かっては、「そんな顔で見なさんな、タペニー」と叱る。その後で、歌っている6人には、「聞いてないよ!」「黙ったら〔do shush〕?」と、善意の行為を無視する。1人の男性が、「クリスマスおめでとう、ミス・ポター」と声を掛けると、「ヒーリス夫人でしょ」と文句を言った上で(1枚目の写真)、「私の地所に不法侵入しないでいただきたいわね」と抗議して、家に入ってしまう。一方、父の死体が横たわっている部屋に通じる廊下では、「パパに」と書いたフラワーリースを手に持ったロアルドが、ドアの前で中に入るのをためらっている。とうとう諦め、廊下にイスを持ってきて、リースを床に置き(2枚目の写真)、ポターの『あひるのジマイマのおはなし』を読み始める(3枚目の写真)。
  
  
  

そこに母がやって来ると、「もうお別れしたの?」と訊く。ロアルドは、僅かに首を横に振る。母は、「お姉ちゃんを亡くしてすぐだから辛いわよね。でも、パパに さよならを言いたいなら、これが最後の機会よ」と 優しく話しかける。「一緒に来てくれる?」。「もちろん」。ロアルドはフラワーリースを手に持ち、母はロアルドの手を握ってドアの前に立つ。「部屋に入ったら、パパはベッドの中よ。でも、もう本当のパパじゃないの。分かる? 体があるだけ。だから、見たくなければ、目をぎゅっとつむっていなさい」とアドバイス(1枚目の写真)。中に入ると、父が寝かされたベッドを、白くて薄い布が蚊帳のように覆っている〔正式名称不明〕。母と葬儀屋が連れ立っていなくなると、ロアルドは、顔が見えるように、薄い布が「ハ」の字型に開いている所から父の顔を覗く(2枚目の写真)。そして、「パパ?」と声を掛け、指先で父の “いつもとは違う赤い頬” に触る(3枚目の写真)。ロアルドが指を見ると、指が赤くなっている(死に化粧の頬紅が付いた)。そして、そこに入って来た葬儀屋は、ロアルドが父から離れて立っているだけなのに、なぜか、「そこの子、遺体から汚い手をどけるんだ」と叱る〔編集ミス?〕
  
  
  

ポターは、農場の入口に警告看板を立て、家に戻って行く。そこには、「行商人、不法侵入者、素人の聖歌歌手 入るべからず」と書かれている(1枚目の写真)。一方、ロアルドは、埋葬後のパーティで、トレイにスナックを載せて来客の間を廻る役をさせられている。老女が、若い女性に、「小さな女の子を埋葬してから 1ヶ月も経たないうちに、今度は夫が死ぬなんて 耐えられないわね」と話しているのを聞いたロアルドは、じっと2人を見る(2枚目の写真)。ロアルドは、今度は、2人の男性に近づいて行く(3枚目の写真)。
  
  
  

髭もじゃの中年男同士が、変な話をしている。「彼女は、ガキを学校に追い払って、母親のいるノルウェーに帰るかもな」。「一理あるな。重荷があり過ぎる」。「再婚もいいかもな。もし、彼女が、ガキをどこかに放り出すんなら、俺が墓穴を掘っても構わんぞ。なんせ、俺の要望はデカいからな」。ここで、男はロアルドの存在に気付く。そこで、食べ物を頬張った汚い口で、「いいかな?」と訊く。ロアルドは、「ううん、ダメだよ。あれは、僕のママだ。渡すもんか!」と言うと(1枚目の写真)、男の脚を蹴り、トレイを床に捨て、走って逃げ、ハリー・ポッターではないが、階段下の物置の中に隠れる(2枚目の写真)。一方のポター、目の見え方が極端に悪くなり、夫は眼鏡屋を呼んで度合わせをしてもらうが、その間、ポターはずっと不機嫌なまま(3枚目の写真)。彼女は、眼鏡をかけることが極端に嫌なのだ。
  
  
  

ポターの余談が途中に挟まったが、階段下の物置に入った息子を心配した母が中に入ってきて、「何 読んでるの? もちろん、いつものベアトリクス・ポターね」と声をかける(1枚目の写真)。それでも、ロアルドが、絵本で顔を隠したままなので、母は、「たぶん、いつの日か、本を下げると、そこに髭もじゃのあなたが現われたりして」と、話題を変える。それを聞いたロアルドは、さっきの男に頭に来ているので、本を置くと、「僕は髭なんか絶対生やさないから」と言う。「あの人たち、何て言ってたの?」。「ママが、僕を学校に追い払って、一人でノルウェーに帰っちゃうって。それから、あいつがママと結婚するんだって」。「ノルウェーじゃ、ああいった男を何て呼ぶか知ってる?」。もちろん、ロアルドは知らない。母は、「Flott stott bunnhull(でかくて、たるんだ、どんじり男)」と教え、それを聞いたロアルドが思わず笑う。母は、さらに、「私は、ノルウェーに帰らない」とも言う。ロアルドは すぐに真面目な顔になり、「僕は、どうなの? 僕を 追い払うんだよね?」と訊く。母は、「あなたのパパが望んでたの。パパは、いつも言ってたわ。イギリスの教育は世界一だって。そうでなくちゃ、このちっちゃな “promp(むかつく)” 国が、こんな力を持てるかって」。「promp?」。「むかつく、よ」。ロアルドが、少し微笑む。「このすぐ近くに、とっても素敵な学校があるって聞いたわ」。「じゃあ、やっぱり 追い払うんだ」。「まだよ。クリスマス中は一緒よ」。「嫌だ。行きたくない!」。「冒険みたいなものよ」。「行くもんか! ママはそんなことはできないし、パパもできない。もう死んでるから!」(3枚目の写真)。そう強弁すると、ロアルドは階段下の物置を飛び出て行く。
  
  
  

ポターの夫は、眼鏡屋を呼んだ理由を、「本を書く助けになると思ったからだ」と言うと、ポターは、「目とは関係ないの。もう、いまいましい本を書くのが嫌になったの」と、夫にとっては 意外な返事をする。さらに、「ウォーン〔出版社〕は、何を書こうが 無関心」(1枚目の写真)「全くの白紙委任。うさちゃんの本なら、内容なんかどうだっていいの。もう、うんざり」。ここで、夫は、トラウトベック・パークの話を持ち出すが、1920年という時代設定の割には、少し早いような気がする〔ポターが購入するのは1927年〕。一方、ロアルドは、学校になんか行かされたくないので、家出をしようと 必要なものを鞄に詰めている(2枚目の写真)。荷造りが終わり、母に気付かれないように、布団の下に丸めたクッションを入れて、あたかも寝ているように細工し、いざ部屋を出ようとすると、少し前に死んだ姉アストリのベッド〔ロアルドのベッドの隣〕の上に置いてあった人形が「ロール」と呼びかける〔現実と夢が交差している〕。「家出するの?」。「多分ね。一緒に来たいなら、鞄の中に入れてあげるよ」。「結構よ。アストリが戻って来る時のために、ベッドの上にいないと」。「もう戻って来ないよ」。「分かってる。行く前に、頼みを聞いてくれる?」。人形は、そう言うと、枕の下から封筒を取り出す。「アストリが書いたの。投函されなかったから、心配してたの」。ロアルドは封筒を受け取って、中の手紙を読んでみる。それは、サンタクロースに宛てたものだった(3枚目の写真)。ロアルドは投函を約束して、部屋を出て行く。
  
  
  

ポターの家では、彼女が何度描いても巧くいかないので(1枚目の写真)、途中で投げ出す。すると、窓の外にガチョウのセイゴがヒョコヒョコ歩いているのが見え、ポターはさっそく包丁を持って外に行こうとする。その際の夫との会話で、夫はポターがすべての動物に名前を付けていることには反対だと分かる。「ペットなら構わん。ただ、ディナー〔の材料〕には〔名前を〕付けないでくれ」。一方のロアルド、家を出た通りの角に立ったまま、しばらくどうしようかと迷う(2枚目の写真)。ここで、映画の冒頭のように、ナレーションが入る。「子ネズミは 一人で出発した時、その後の計画を立てていなかったことに気付いた。しかし、彼の心の中では、幸先の良いスタートは、大好きな場所に行くことだと分かっていた」。こうして、ロアルドは駅に向かって歩き始める。一方、母は、ロアルドがなかなか降りてこないので、様子を見に部屋に入って行く。そして、一見、布団に潜って寝ているように見えたのが 見せかけだと分かると、寮が嫌で家出したに違いないと確信し、「ロアルド!」と叫びながら 門の外まで飛び出して行く(3枚目の写真)。
  
  
  

ポターは、結局 セイゴが見つからず、代わりに、用事でやってきた トムという “農場を任せている老人” と会う。 彼は、「あんたさんのハードウィック〔羊の品種〕を、放牧地〔fell〕に連れて行こうと思いましてな」と話す。ポターが、「ヒル・トップに置いておけないの?」と訊くと、「ロンドンの羊なら、窮屈で不潔な場所でも大丈夫でしょうが、ハードウィックには無理ですな。広い土地が要るんですよ」と言う(1枚目の写真)。ここでも、広大なトラウトベック・パークの必要性が語られる。一方、駅に行ったロアルドが ベンチで1人寂しそうな様子をしているのを見て、陽気な機関手が コブナッツ〔Kentish cobnut〕の実の袋を持って、横に座る。「わいさん、おいみたいな気味ん悪かじじいをチラと見て、怪しいマンジャーレ(食いもん)を勧めたやれたで、『こりゃ、ヤバか』と思うたんじゃろうて〔You've taken a schufty at an old fungus like me, offering you up some dodgy mangiare and thought, "Not likely, pal!"〕」と言って、豪快に笑う。ロアルドが黙っていると、「ないもダイロせん(ゆわん)のか〔You're not dilo, are ya〕?」と、腕で体を押したので、ロアルドは必死に避け、「そうします」と言う。「まあ、心配せんでよか。おいはボナ・フィデ(誠実)な男や。間違いはなか〔Well, don't you worry your bonce about it. I'm a bona fide gent, make no mistakings.〕」(2枚目の写真)。そう言ってロアルドを安心させると、「わいみたいなフィリィオ(子供)が 一人ぼっちで どけ行くっと?〔Where's a young figlio like you off to on your tod, anyhows〕?」と訊く。ロアルドは、ポターの絵本を見せる。「素晴らしか〔Fantabulosa〕!」。それを聞いたロアルドは笑顔になる(3枚目の写真)。「ブラブラすっとじゃったら、こげん花がよかひこんとこは、ぴったりん場所じゃな〔Bona place to call your flowery patch if you can get your lills on it, eh〕?」。「湖水地方だよ」。「そこまで旅行すっディナール(アラビア圏の通貨の単位)持っとっとかね〔You got the dinari for a trip up a district like that〕?」。「それ何?」。「金子(きんす)、現ナマ、銭(ぜに)や〔The metzas, moolah, the filthy lucre〕!」。「あるよ。少しだけど」。「わっぜよか〔Cushty〕」。というように、イタリア語、スペイン語、オランダ語などが混じった、ほぼ理解不能な会話はさらに続く。最後は、プラットホームの向こうから母がやってく来るのが見える。「粋なパローネ(おなご)がこっちにやってくっど〔There's a sharpy palone heading straight for us.〕。良かれば、ちょうどよか機会じゃっで、ボナ・ノッチ(さよなら)すっじゃ〔So, if you don't mind I might just take this opportunutty to wish you a bona nochy.〕」 。ロアルドが 「ボナ・ノッチ?」と 振り向いて訊き返すと、男は消えていた。
  
  
  

そして、母がやって来て、それまで “変わった男” が座っていた場所に座る。「こんな場所で、会えるとはね」(1枚目の写真)。「僕、まだ、どこにも出かけてないよ」。「そうね。家に帰りたいと思ってたんでしょ?」。「僕を、追い払えるから?」(2枚目の写真)。「追い払うんじゃないわ。学校に行って欲しいだけ。私と、パパのために」。「もし、僕の頼みを聞いてくれたら…」。「まあ、取引ね。いいわ。何なの?」。ロアルドは、ポターの本を開いて、「ここに連れてって」と言う。「ベアトリクス・ポターの家? カンブリアにあるのよね?」。「遠すぎると思ってるんだ」。「ママが思ってるのはね、『汽車が時間通りに発車して欲しい』ってこと。長い旅になるから」と言って、2枚の切符を見せる(3枚目の写真)。
  
  
  

汽車の中は、3×3の対面座席の定番個室だが、新聞を広げた非常識な紳士が、「2人半」分の空間を占領し、ロアルドは窓際に逃げている(1枚目の写真)。母は、その状況を変えようと、ロアルドに、「ゲームをしましょ」と呼びかける。「いいよ。どんなゲーム?」。「かくれんぼ」。「ちょっと、やりにくいね」。「じゃあ、鬼ごっこ」。「それも、やりにくいね」。「確かに、やりにくいわね」。「アイスパイがいい」(2枚目の写真)〔例えば、スパイ役が 室内にある “イス(chair)” を選んだら、“C” で始まると宣言し、イスと言い当てた人が勝つ〕。たった、これだけの会話をしただけなのに、平気で空間を占領していた男は、「いいかね? 私は新聞を読んでるんだ。静かにしてもらえないかな」と、ずけずけと文句を言う。母は、バカ丁寧に謝った後、声の大きさを落とさず、「私たち、ネズミのように静かになりましょうね」と言い、「サンドイッチ、欲しい?」と訊く。「お腹空いてない」。「空いてるわよ」。母は、そう言ってから、手に持ったサンドイッチを しきりと動かす。その意味が分かったロアルドは、サンドイッチを受け取ると、紳士の帽子(ボーラーハット)の中に入れる(3枚目の写真)。そして、2人で笑い出す。それで、我慢の限界を超えた紳士は、立ち上がると、サンドイッチ入りの帽子を被り、個室を出て行く。邪魔者がいなくなると、2人は大笑い。
  
  
  

ロアルドと母が ポターの家に近い駅から出てくる(1枚目の写真)。このロケ地は、湖水地方ではなく、ロアルドの家のあるカーディフ郊外から僅か20キロ北にあるオークデールという町に残る労働者研究所(Oakdale Workmen’s Institute)(2枚目の写真)。駅を出てすぐのところにタクシー乗り場があり、母が駅に戻って場所を訊いている間、ロアルドが順番を取っておくよう頼まれる。ところが、後から来た金持ちの太った奥さんは、ロアルドなど存在しないかのようにタクシー乗り場に並ぶ。それを見たロアルドは、「済みません。僕の方が先に待ってます」と文句を言うと(3枚目の写真)、「おや、そうだった? 手に負えない子ね。でも、今じゃ、もう先頭じゃないわね」と、平然と言い返す。すると、この恥知らずの奥さんが首に巻いていた顔付き狐の襟巻がロアルドに向かって話し始める。「こいつと暮らしてみるがいい」。ロアルドは、驚いて 「話せるの?」と訊く(4枚目の写真)。「おい、俺の話、聞いたんだろ? このバカ女〔mook〕が俺様を手に入れる前、俺には何でもできたんだ。暗闇でも見え、1マイルの深さの穴だって掘れ、自動車より早く走れたんだ。今の俺を見るがいい。ただのアクセサリーさ」〔姉アストリの人形に続く、空想上の会話〕。しばらくして母が戻って来て、ポターの家は近いので、歩いて行くことにする。
  
  
  
  

そのポターの家。彼女が帰宅すると、夫から若いレディが応接室で待っていると告げられる。ポターは、トムからもらったネズミの死骸を入れたティーカップを持って応接室に行く。そこで待っていたのは、アン・ランディという、黒人との混血女性だった(1枚目の写真)。これは、実在しない人物で、この映画の中の最大の “失敗したキャラクラー”。なぜ “失敗” なのか? 『ロアルドとベアトリクス』という題目の実質本編68分という短い映画の中で、2人とは無関係な、かつ、歴史上存在しないアン・ランディの登場場面が5回、計10分(15%)もあること、アン・ランディはウォーン社からの指令でやってきた社員という設定だが、1920年頃のポターは、ランディ社の破産後、1919年に新会社が設立された際の最大の債権者であり、新会社に大きな影響力持っていた(https://www.e-reading.life/)。そんな “偉い” 人の所に、一介の生意気な社員を寄こし、しかも、ポターのストーリーに改変を強く迫るようなことなどあったはずはなく、歴史を歪曲している、20世紀初頭の英国の黒人人口は約2万人でそのうち女性は5,000人前後程度と推定されている(https://www.findmypast.co.uk/)。それに、1919年には、大規模な人種暴動が起きている。黒人との混血女性が、このような重要な役目を仰せつかるような社会情勢では全くなかった。以上3つの理由による。ポターがアンに煩わされている頃、ロアルドと母は、ポターの農場の前までやって来る。ロアルドは、「絵本の中の挿絵と同じだね、ママ」と喜ぶ(2枚目の写真)。ロアルドは、「ありがとう」と言って母に抱き着くと、すぐに帰り始める。母は、「これで終わりなの?」と驚く。「もう、見たから」。「ダメ、ダメ。こんなに長く旅して来たのは、意味もなく計画を諦めるためじゃないわよ〔boil away to nothing in cabbage/ノルウェーの “Å koke bort i kålen” という諺の英訳〕。入って行きなさい」。「出来ないよ。許されてない。あそこに書いてある」。「まあ、søppel(バカげてる)。あなた、ノルウェー人なのよ! 英語なんか読めない振りすりゃ いいじゃないの」。「一緒に来てくれない?」。「あなたの冒険に、ママがいつも一緒だったら、話すことがなくなってしまうでしょ」。「そうかも」。「ママが、おばあちゃんになって、毛布で膝をくるんで家から出られなくなった時、あなたには、広い世界で見聞きしたことを話して欲しいの。じゃあ、冒険に行ってらっしゃい。1時間で戻って来るわよ」(3枚目の写真)。
  
  
  

ポター農場の庭に入って行ったロアルド。ここで、またナレーション。「子ネズミが、走り回った時、母ネズミが言った言葉が、鎧のように子ネズミを包んだ。子ネズミは、見たもの、聞いたものすべてを覚えていて、母ネズミを喜ばせるために 家に持ち帰った」(1~3枚目の写真)。
  
  
  

口うるさいアンは、マザーグースの『目の見えない三匹のネズミ』に付けられたポターの絵に、子供には悲し過ぎるからとクレームを付ける(1枚目の写真)。ポターが 「童謡よ」と言っても、反対する。因みに、『目の見えない三匹のネズミ』の歌詞(中川李枝子訳/一部漢字化)は、「三匹のネズミ 三匹のネズミ、目は見えないが、ほら走る。あれまあ、百姓のおばさんを追い回す。おばさん 包丁を振り上げて、三匹のネズミのしっぽを、ちょん! 見たことないでしょ、このような 目の見えない三匹のネズミ!〔映画の副題の「知りたがり屋のネズミのしっぽ」の “しっぽ” とは、このこと〕。この『目の見えない三匹のネズミ』は、1922年にウォーン社から出版された『セシリ・パセリのわらべうた(Cecily Parsley's Nursery Rhymes)』の中に 収録されている(2枚目の写真)。ポターは、話の途中で、窓の外を子供が走る姿を、悪くなった目でぼんやりと見て(3枚目の写真、矢印)、気が気でなくなり、アンの話など耳に入らなくなる。アンは、「これでは、就寝時のおとぎ話には向きませんわ。子供たちに悪夢を見させたくないでしょ?」〔先のに書いたが、これが、会社の再建に最大の功績のあった人に対する、一介の社員の言葉か?〕。「何言ってるの?」。「ウォーン社は、私たちで、もう少し恐ろしくないように変えられるのではないかと期待して、私を来させたのです」。「私たち?」。「あなたと私で」。アンは、勝手にポターの机に座り込んで、自分が共同執筆者のように振る舞う(4枚目写真)〔先のに書いたが、当時、人種差別の激しかった時代に、混血の黒人女性が、こんな行動に出ることが可能だとは、信じられない〕
  
  
  
  

ロアルドの母は、町のカフェの前で体を休めていると、親切なマダムが、閉店したところなのに、外は寒いので中に入れてくれる。さっそく紅茶をテーブルまで持って来てくれるが、ロアルドの母の様子があまりに変なのに気付き、「旦那さんが出てってたのね?」と訊く。「いいえ」。「亡くなったじゃないわよね?」。「今週、肺炎で。でも、その2週間前に、娘の盲腸が破裂して。お金もほとんど使い果たしたの。その締めくくりが、私の末っ子。アヒルのジマイマを見ようと家出して」〔“お金がない” というのは、事実と全く違っている。夫は成功した実業家なので、資産は豊富に残されたし、ヴィラ・マリーからカンバーランド・ロッジに移ったのも 夫と娘を亡くしたので 広すぎたから。カンバーランド・ロッジも、それほど小さな家ではない。少し前に紹介した “カーディフの由緒地めぐりの地図” の中で、右下隅がカンバーランド・ロッジ。現在はハウエル保育園・幼児学校(Howell’s School Nursery and Infants School)の敷地内なので、大きな写真がない〕。マダムは同情することしきり。ポター家では、アンが、経験もないのに、勝手なことを平気で、自慢げにまくし立て、最後には、ポターの怒りを買う。アンは、ポターに、「ベアトリクス」と呼んでいいかと訊き、即座に拒否される。そして、紅茶カップを手に取って飲もうとして、中に死んだネズミが入っているのを見て、真っ青になる。そのあと、窓の外に再びロアルドの姿を認めたポターは、アンなんか放っておいて、外に出て行く。ロアルドは、小屋の前に置かれた木箱に積もった雪に、自分のイニシャルを「R.D.」と指で書く(1枚目の写真)。その頃、カフェでの母とマダムの話は佳境に入り、マダムが、紅茶占いをする。最初は信じなかった母だが、最後に、「あなたの息子さん、作家になるわ。すごく有名な」と、驚いたように言うと(2枚目の写真)、「本当なの?」と興味を持つ。マダムが、さらに、「でも、お子さんは決して髭を生やさない」と言うと、母は急に相好を崩し、「あなたを絶対信じるわ」と笑顔で言う〔以前、階段下の物置で、ロアルドが「僕は髭なんか絶対生やさないから」と言ったのを覚えていた〕。ポターは、庭を探し回り、書かれたばかりの「R.D.」の文字を見つけると、そぐ前の小屋に入って行く(3枚目の写真、矢印はロアルド)。ポターは、中に誰も発見できなかったので、「いつか、見つけてやるよ、この蛆虫小僧。そうなったら、どうなるか覚えておくがいい。踏み潰されるだよ!」と息巻き、小屋を出て行く。
  
  
  

ああ、子ネズミよ。どうする気だ? これでもう終わりなのか? お前さんが死ぬまで、魔女は止めないだろう。罠で捕まえられたら、取り返しがつかないことになる。逃げるが勝ちだ」。ロアルドは、小屋から逃げ出し、門に向かおうとして、途中で犬に見つかる。犬が吼えながら追いかけてきたので、ロアルドは壁の角に隠れて、食べ残しのお菓子を投げる。それを犬が食べ(1枚目の写真)、もう吼えるのをやめて、ロアルドと仲良くなる。ロアルドは、犬とじゃれながら庭の中を走り回る。ポターが、「見つけたよ、この蛆虫小僧」と言うが、ロアルドは気付かない。「不法侵入は犯罪なんだよ。犬が追い払えないんなら、私が自分で追い払うしかないね」。犬と遊んでいたロアルドは、ポターにぶつかり、巨体に跳ね返されて転倒する。見上げると(2枚目の写真)、魔女のように怖いお婆さんが睨んでいる。“魔女” は、ロアルドが持っていたリンゴを取り上げてポケットに入れると、両手で頭をつかんで立たせる。「出てけ〔scram〕と言ったでしょ」。犬がロアルドに親し気に寄って行くのを見たポターは、犬に 「いい加減になさい、この役立たず」と文句を言う。そして、ロアルドには、「今すぐ、所有地から出て行きなさい。でないと、最後の侵入者みたいになるわよ」と言って、ネズミの死骸をロアルドの目の前に突きつける。ポターは、ロアルドが悲鳴を上げると期待したのだが、ロアルドは感心したようにじっと見ると、笑顔で、「死んでるの?」と訊く。「そうよ」。「あなたが殺したの?」(3枚目の写真)。「いいえ。猫よ」。「トムさん、また来たんだね」。ポターは、ロアルドが事情に詳しいのでびっくりしてしまう。
  
  
  

「怖くないの?」。「ぜんぜん」。「なぜなの?」。「もっと怖い物、いっぱい見たから」。「どんな?」。ロアルドは、自分の指にまだ残っている頬紅を見て、「赤〔rouge〕」と答える。「赤? 赤のどこが怖いの?」。「安置されたパパを見た時、異様に見えたから」(1枚目の写真)。「そうなの。お父さんは、いつもは頬紅なんか付けないのね?」。「付けないよ」。ポターは置いてあった布袋の上に座り、ロアルドもすぐ隣に座る。「それで、赤い色を見た時、何をしたの?」。「目を閉じたんだ。しわくちゃになるくらい固く」。そう言うと、ロアルドはやって見せる。ポター:「目を開けなさい。私が あなただったら、これからは、いつも開けてるわ」(2枚目の写真)「まだ小さいんだから、何一つ見落としちゃダメ。物事をいろんな角度から見るの」。そうアドバイスした上で、いつものポターの調子に戻って、「ところで、ここで一体何してるの?」と尋ねる。「ベアトリクス・ポターに会いに来たの」(3枚目の写真)。「じゃあ、行きなさい。今、会ったじゃない。さあ、ほら、消え失せて!」。
  
  
  

ロアルドは 走って行き、門のところで待っていた母に抱き着く(1枚目の写真)。しかし、ロアルドは気付かなかったが、ロアルドが逃げる時、アストリの人形から預かった “サンタクロースに宛” の封筒を落としてきてしまい、それをポターが拾い上げて読んでみる。映画で紹介されるのはロアルドに関する部分だけ。「…それから、ロアルドに新しいベアトリクス・ポターの本をあげてくださいません? 彼は、私に 古い本を全部、何度も何度も読んでくれましたが、私、何か新しいものをすごく聞きたいんです…」。家の中に戻ったポターは、待っていたアンに、これまで自分の本の中では、ウサギはパイに焼かれ、アヒルの卵は猟犬に食べられ、ネズミが子猫を食べるけれど、子供たちは その試練を乗り越えてきたこと。そして、「確かな筋の情報によれば、子供たちはもっとずっと悲惨なことにも向き合ってきたのよ」と言うなり、包丁を取り上げると、机の上に置いてあった死んだネズミの尾を叩き切る(2枚目の写真)。気持ちが悪くなったアンは、別の変な音にも気付き、長椅子を廻り込んで見てみると、イノシシのサリーが、アンのクローシェ帽に頭を突っ込んで何か食べている(3枚目の写真、矢印)。アン:「私の帽子が! やめさせて!」〔丁寧語ではない〕。ポター:「自分でやれば?」。アンはイノシシから自分の大切な帽子を奪おうと必死にトライし、ポターはそれを笑って見ている。
  
  
  

一面の雪の中を、ポターの家から離れながら、母は 「ポターさんには会えたの?」と訊く。「よく分かんない。あの人だったかもしれないし、魔女だったかもしれない」(1枚目の写真)。「それなら、彼女がまた戻って来て、私たちをヒキガエルに変えてしまう前に、急いでここから離れないとね」。「ヒキガエルじゃない、ネズミだよ」。「急いで、走るのよ」。ポターの家では、農場管理人のトムが、次のハードウィックの群れを 放牧地に連れて行くので、一緒に来なかと誘いに来る。その時、アンは ようやく奪い返した帽子の汚れを少しでもきれいにしようと必死だ(2枚目の写真、矢印)。そして、最後に、ネズミのしっぽをちょん切るストーリーをそのまま採用することに同意する。ポターは、トムと歩きながら、トラウトベック・パークの購入をどう思うか尋ね、当然手に入れるべきとの返事を受けて、購入を決意する。そして、サンタ宛のアストリの手紙を投函する。農場から数百メートル離れた土道を歩きながら、ロアルドが突然言い出す。「いいよ」。「何が、いいの?」。「学校に行く」(3枚目の写真)「そうすれば、ママに話す物語ができるよね」。「そうね、いっぱい」。「今、子ネズミは冒険が終わったことを知った。しかし、これから、どんなネズミにも待ち受けている別の冒険が始まる。それに飛び込むには、勇気と心の支えが必要だ。しかし、困難な時期や栄光に包まれない日々もあることを忘れないように。ネズミからのアドバイス。ネズミ〔つまり、他の人間〕から学ぶこと。そして、魔法をすべて否定してしまわないように。独自のストーリーを創造なさい」。4枚目の写真は、映画の最後に表示される 子供時代のロアルドと母。
  
  
  
  

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